先日、安倍元首相を襲撃した容疑者(まもなく被告)の同期が特定宗教団体に対する強い恨みだったというが、それを理由に襲撃するのは言語道断である。
容疑者は母親が特定宗教団体に相当入れあげており、それを恨みに恨んで、その矛先が安倍元首相というのもつじつまが合わないというか・・・
新興宗教に関しては、あくまでも「宗教の自由」ですが「人を不幸にするような行為」に関しては受け入れられないので、私は昔からこれらを避けて生きてきていました。
新興宗教と私の周り
同級生に「2世」がちらほらといた
私自身、生まれ故郷の近隣住民・同級生が新興宗教(創●学会)の信者さんが多い地区でした。
登校時間になるとベランダから大声で「お経」が聞こえてきたり、小学校時代の友達の家へ遊びに行くと、必要以上に大きな仏壇があったり、「聞いて聞いて!」と得意げにお経を読みだしたり、独特な世界があるものだと思いました。
小学校時代は信者である別の同級生に散々いじめられたり、高校時代の同級生は嫌味ばかり言われ続け、本当に良い印象はありませんが、奇しくも中学時代に仲良くなった友人も信者さんでした・・(私学でも信者がいるんだなと驚きましたよ)
友達付き合いをしていても、今から振り返ったら「あの行為は勧誘だったのではないか」と思うこともあります。
新興宗教に属している芸能人をやたらとオススメされたり、「今度同世代の子がたくさん集まるパーティーがあるから行こう!無料だよ!」(バイトが忙しくてお断わりました)と誘われたり、
その友人と飲む約束をすれば「養老●瀧」へ連れていかれたりとまぁ数年かけて勧誘?しようとしてましたが、私にはさっぱり効果がなく、卒業後は疎遠になりましたけどね。
2世において活動がそこそこの人もいたら、2世が故、運命を受け入れ親や宗教のために人生をささげている同級生もいました。
わたしが一番驚いたのが、高校時代の知り合いです。
ご両親ともにご熱心な活動家で、二世である知人も熱心に活動をしていました(その知人の交友関係は信者さんばっかりでしたね)
知人は学年一偏差値が高く、難関国公立受験に絶対合格できると言われているのにもかかわらず、新興宗教の関連大学へ進学し(当時の担任は必死に関関同立くらいは受験しておくれとマジ説得されていた)、
その後同じ二世と結婚をし、子供をもうけ幸せに暮らしているらしいです。(コレは幸せなパターンですね)
2世でも幸せに暮らしている人もいたら、翻弄される人もいるのも確かです。
親戚が信者
私たち一家は信者ではありませんでしたが、親戚が相当ご熱心な信者でした。
本当に心優しい親戚でしたが、「宗教」に絡む夫婦問題が非常に多すぎて、私達一家はいつも心配をしていました。
夫婦してお布施のために生活費を切り詰めたり、大ゲンカをしたり、挙句の果てに親戚は自ら命を絶ちました。
「入信しておらず、あの人(親戚の結婚相手)と一緒にならなかったら、親戚は不幸にならなかったのでは」と思うことがあります。
幸せになりたいが故、熱心に信じていたけれども、結果不幸になったじゃないかと子供心に感じました。
親戚も熱心に活動をしていた時や同じ志を持った仲間と切磋琢磨をしていた時は幸せだったかもしれないですが、自分をじわじわと苦しめている「新興宗教」だと気が付かなかったのか、盲目になっていたのかはその人の口から聞かないと分かりません。
でも明らかに周り不幸にする「活動」をしている新興宗教にご熱心な人だと分かると距離を置きたくなります。
実際に結婚を前提にお付き合いをしていた知人は、婚約者が新興宗教2世だとわかり、その場で破断になりました。婚約者さんは「どうして?」となったそうですが、知人は非常に新興宗教を苦手としており、宗教により自分の家族に迷惑をこうむるかもしれないと判断したからだと言いました。
わたしからすれば正しい判断です。
安倍元首相の事件において二世だから生まれながら入信させられたから仕方がないよ!では決して済まされない問題ですが、二世が故、幸せになれない人生を歩む子供だっているのは確かです。
まとまりが非常に難しいですが、それこそ最初に挙げました「宗教の自由」を二世にも選ばせてあげる権利はあるんじゃないかと思いました。